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ATD認定プログラム修了者や関係者が集い、2025年5月にワシントンD.C.で開催された「ATD ICE(International Conference & Exposition)」の現地レポートや、認定プログラム以降の実践の中での学びの共有を行いました。今回はパーソル総合研究所から現地参加したメンバーと中原 孝子氏が、会場の雰囲気や注目セッションの内容、実務への示唆などを報告。参加者同士の対話を交えながら、未来の人材開発・組織開発のヒントが共有されました。
冒頭では、ATD認定プログラム責任者の田原 卓よりATD ICEの概要を紹介しました。ATD ICEは毎年1万人近くが参加する、世界最大規模の人材開発カンファレンスです。今年はワシントンD.Cで開催され、450のセッション、400の出展が並び、日本からは146名が参加しました。
今年のテーマは、「Collective Insights & Lifelong Learning(集合知と生涯学習)」でした(図1)。AI、リーダーシップ、心理的安全性など多様なテーマが扱われ、登壇者が今伝えたい、届けたいという思いをもって登壇されていたのが印象的でした。
またATDのグローバルパートナーとして、ATD本部オフィス(バージニア州アレクサンドリア)への訪問も実施しました(図2)。各国からのパートナーとの交流や研修施設の見学を通じて、グローバルな運営体制を体感する貴重な機会になりました。
AIの台頭、BANI(壊れやすく、不安で、複雑で、理解しづらい)な時代において、どのような学びや支援が求められるのか。パーソル総合研究所の那須は、現地で感じたインサイトを3つの視点に整理し、報告しました。

最初のテーマは、「失敗」にどう向き合うかという点でした(図3)。
不確実で複雑な状況が当たり前となった今、組織がいかにして失敗を恐れず、学びに転換できるかが重要な視点となっています。その中でも、ハーバード・ビジネス大学のエイミー・エドモンドソン教授が紹介した “賢明な失敗”という考え方が印象的でした。
失敗には3つのタイプがあります。やるべきことが明確だったのにできなかった「基本的な失敗」、複数の要因が絡む「複雑な失敗」、そして未知に挑んだ結果としての「賢明な失敗」。この3つの分類が紹介されました。そして学びにつながる「賢明な失敗」には次の5つの条件があると紹介されました。
Amazon社の人材育成担当エイドリアン氏も「Fail -Fast(迅速な失敗)」をキーワードに講演されており、仮説と目標の明確さが鍵だと強調していました。
さらに、心理的安全性についてはサービス事業者のアレックス・ドレイパー氏が「親切であることではなく、真実を語り挑戦を促す文化」であると語り、単なるバズワードで終わらせてはならないという強いメッセージが発信されていました。
次に注目したのは、AI時代における「リーダーシップのあり方」についてです(図4)。
カリフォルニア大学のライアン教授によるセッションでは、「92%のリーダーは未来に備えられていない」という衝撃的なデータから話が始まりました。ライアン教授は、変化・不確実性・複雑性の中で成果を出すためには、単なるスキルではなく、リーダー自身の内面(Being)が整っていることが重要だと指摘されました。
その“内面の備え”とは、たとえば瞑想や神経系アプローチによって自律神経を整えるような取り組みも含まれ、心・身体・魂といった人間全体の健やかさがリーダーシップの土台となると語られていました。
また、ベストセラー作家のセス・ゴーディン氏は「人はリソースではない。最高の仕事とは、信頼され、期待されていると感じる中でこそ生まれる」と語り、HR=ヒューマンリソースではなく、才能ある人間として扱うべきだと提言し、人材の捉え方を根本から問い直すものでした。
さらに、サービス事業者のジョディ氏の「共感的リーダー」の話も印象深く、特に職場において人が安心して力を発揮するためには、上司が“人として”部下を大切にしているかどうかが決定的であると語られていました。共感力は、単なる感情的な優しさではなく、離職率やエンゲージメント、組織の持続性に深く関わるビジネススキルであり、誰でも育成可能な能力であるという点が強調されました。
最後に「学習が実際の行動変容につながるにはどうすればよいか」「成果としてどう評価すればよいか」というL&Dの根幹にかかわるテーマについてです(図5)。
セントトーマス大学のティモシー教授は、「好奇心」が学習の起点であり、「ヒュータゴジー(Heutagogy:自己決定型学習理論)」の重要性を紹介していました。この理論は、自律性(Autonomy)、発見(Discovery)、共鳴(Resonance)、内省(Reflection)という4つの要素を学習設計に組み込むことで、学習者の内側から変化が起こり、学びがより深く意味をもつものになっていくと説かれました。これからの教育者は、「何かを教える人」存在から、「共に学びの場を築く人」へと役割が変化していることを示唆し、学習支援にかかわるすべての人にとって、大きなヒントになる内容でした。
さらに、サービス事業者のアライナ氏のセッションでは、「L&Dの価値は証明するものではなく、共に気づくもの」とされていたのが印象的でした。ROI(投資対効果)については「定量的に“証明する”ことではなく、組織の目的や戦略とのつながりの中で“どのような意味があるのか”を共に見出すことが重要」であり、学びが事業にどうインパクトを与えるのかを“翻訳”できる人材がますます求められていると語られました。データと物語の両方を使いながら、経営に寄与する“翻訳者”としてのL&Dの役割の重要性が強調されました。
ATD認定ファシリテーターであり、10年以上にわたりATDと関わる中原氏からは、全体の潮流や出展傾向を俯瞰した視点を提供しました。

ATDではセッションごとに一貫したテーマ設計がなされており、今年は「Future Readiness」「Leadership Development」「AI」「Empathy」などが注力分野として打ち出されていました(図6)。
特にAI関連の出展社は129社を超え、AIコーチング、トレーニングコンテンツの自動生成、スキル診断・マッチングの自動化などが紹介されていました(図7)。L&D領域における多くのプロセスが、すでに技術で代替可能になってきている実態があり、出展数はリーダーシップや従来のトレーニング分野を上回る勢いで存在感を増しています。
中原氏はAIとの協働スキルは当たり前のレベルのスキルを身に着けることを前提に、変化のスピードが激しい今だからこそ「学び」が重要になっており、「 “人にしかできないこと”に焦点を当て、そのスキルやマインドセット、AIと協働する際の判断軸となる知識と専門性を身に着けることが重要」と述べました。AIは「コンテンツ」を提供するのに対して、人間は、「コンテクスト(文脈)を踏まえた判断」やその場に応じて問いを立てる力といった、人ならではの「意味づけ・翻訳・創造」に注力する必要があります。また、人材開発担当者に対しては、キーノートスピーカーのSeth Godinからのメッセージでもあった「今こそ変革の推進者であれ」を強調しました。
Seth Godinは、“Significant Work”という言葉で、人間の仕事は、各個人にとって意味のあるものでなければならず、失敗や間違いなども含め共創から生まれる価値を互いに承認しあえる組織を作っていくことが重要であり、「リーダーは、目標や目的にたどり着くためのルートが記載されている地図ではなく、皆が合意した方向性にたどり着くことができるように方位磁石を渡すことが求められている」と言いました。そのためには、「ファクトリーマインドセット(工場型発想)からの脱却」も重要な観点として共有されました。プロセスやルールによる画一的な成果追求ではなく、人間の創造性や非定型な価値づくりにこそ注力すべきという提言です。
つまり、人材開発担当者は、現存の文化を変え、変化の激しい時代に対応できるリーダーを支援し、組織の重要な差別化要因である人々の迅速な学びについてAIをはじめとするテクノロジーを使いこなして支えることが求められていると、中原氏は言及しました。
「人間とAIが共に仕事をするための条件」は、「AIはコンテンツや知識を生成できるが、状況に応じた“意味の判断”や“関係性の構築”は人間にしかできない。最後に、ATDのような国際カンファレンスで得られる最大の価値は「答え」ではなく「問い」であると強調されました。
後半は認定ファシリテーターと参加者同士による対話セッションを実施しました。「受講後どうATD認定プログラムで身につけたスキルを実践しているか」「組織に活かすには何が必要か」など、リアルな工夫や悩みが共有されました。
参加者の声としては、
「フレームを使って経営と合意をとるプロセスを明確化した」
「ブルームのタキソノミーを活用して、研修設計の目標を明確にした」
「自分の内面を整えることがリーダーシップにつながると実感した」
など、現場目線の気づきが多く語られました。

最後に、ATD ICEで繰り返し語られていた「問い」の重要性を踏まえ、各セッションの最後に問いかけを添えました。これは、参加者の皆さんが職場に持ち帰り、周囲と共に考え、対話を深める“議論のきっかけ”として活用いただければという意図を込めたものです。組織やチームの現場でこの問いを携えて持ち帰り、意味ある実践につなげてください。
問い1 : 貴社の組織文化は、従業員が率直な意見や懸念を表明し、「賢明な失敗」から学べる心理的安全な環境を提供できていますか? 人事として、リーダーや組織にどう働きかけ、これを強化していきますか?
問い2 : AIとの共存が進む中で、「人間らしさ」とはどのようなものだと感じましたか?それをどう見つけ、育み、リーダーシップに実装し、人間とAIが共に働く未来をデザインしていきますか?
問い3 : あなたの会社の経営者は、何に悩んで眠れないのでしょうか?その課題と、学習・育成の取り組みはつながっていますか?それを言語化し、日常的に対話する習慣がありますか?
問い4 : 不確実性と変化の中での移行におけるL&D専門家の役割とは何でしょうか? 私たちに求められる強化すべき「スキル」や「知識」は?
最後に、今回の報告会は、ATD ICEという世界の最前線に触れた“点”を、参加者同士の対話によって“線”や“面”へと広げていく場になりました。
田原はクロージングで、「今回の場はゴールではなく通過点。ここで得た学びや問いを、現場での実践につなげることが本当のスタート」と述べ、継続的な対話と実践の重要性を呼びかけました。
「正解を与えるのではなく、コンパスを手渡す」。
人と組織の未来を形づくるために、これからも集合知を分かち合う試みを継続していく予定です。
株式会社インストラクショナルデザイン 代表
ATDメンバーネットワークジャパン理事
ATD認定プログラムファシリテーター
中原 孝子
株式会社パーソル総合研究所
フォーラム事務局 部長
ATD認定プログラム責任者
田原 卓
ラーニング事業本部
那須 若葉
ATD認定ファシリテーター
射水 和香子
ATD認定プロデューサー
成田 範之、杉本 奈々
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