イベントレポート

AIが変えるコーチングと学びの未来― Dr. Anna Tavis氏が語る、人間中心のAI活用とその可能性

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執筆者

  人的資本マネジメント研究科長(Clinical Professor and Department Chair of Human Capital Management)

人的資本マネジメント研究科長(Clinical Professor and Department Chair of Human Capital Management)

Anna Tavis, Ph.D.

AIが変えるコーチングと学びの未来― Dr. Anna Tavis氏が語る、人間中心のAI活用とその可能性

技術革新のスピードがかつてないほど加速している現代において、企業に求められているのは「学び続ける力」を育む環境づくりである。2025年7月2日に開催された2つのセッションでは、ニューヨーク大学のAnna Tavis(アナ・テイヴィス)氏を迎え、AI時代におけるコーチングと学びのパラダイム転換、そしてAIコーチ「Nadia」の体験を通して見えた可能性と課題が議論された。本稿では、特に前半セッションを中心に、企業が今考えるべき六つの視点を紹介する。

以下では、それぞれの要点について具体的なエピソードや背景を交えながら詳しく解説する。

急速に変化する時代、どのように人間の学びを加速させるか?

AIやデジタル技術の急速な進化により、仕事の現場では新しいスキルや知識が次々に要求されている。テイビス氏は冒頭で「テクノロジーの進化は止められない。だからこそ、人間の学びのスピードを上げなければならない」と語り、企業や個人が変化の波に飲み込まれないためには学びの方法を根本的に変革する必要があると強調した。

現代において競争力の源泉となるのは年齢や経験の長さではなく、未知の分野を自ら学び続ける能力である。単一のキャリアに留まるのではなく、複数のキャリアに適応することが求められる時代において、リスキリングやアップスキリングを継続的に行う仕組みを整えることが不可欠である。

図1:AIの進化に伴い人間の進化を加速する必要性(当日投影スライドを基に当社で日本語訳を付したもの)

これまでの企業研修は講義形式や一方通行の知識伝達や画一的な運用が中心だった。しかし、テイビス氏は、企業において学び続ける能力を従業員が培っていくには、「learning needs to be immersive, experiential, and personalized(学びは没入的・体験的で、個別最適化されたものであるべき)」と表現し、全員に同じ内容を一斉に提供する画一的な研修から、それぞれの役割や能力、興味に応じて内容やタイミングを調整するパーソナライズド・ラーニングに進化させるべきだと呼びかけた。また学びとは抽象的な概念や理論を聞くだけでなく、実際の仕事の文脈で試行錯誤し、フィードバックを受けながら考えを深めていくプロセスである。例えば、プロジェクトを進めながら関連する知識を習得する「オン・ザ・ジョブ・ラーニング」や、チームメンバー同士で課題を議論する「ピア・ラーニング」など、互いに学び合う環境が効果的である。このように企業は社員が主体的に学び続けられるような環境をつくり、従業員が失敗を恐れずに新しい挑戦をしながら学び続ける文化を育む必要がある。

AIは学びの可能性をどう広げるのか?

従来の学習は研修の場や特定の時間に限定されがちだったが、AIの導入によって学びの瞬間は日常業務の中に埋め込まれつつある。テイビス氏は、AIがメールやチャット、ドキュメント作成など仕事の流れの中に学習機会を組み込むことで、「学びを仕事の邪魔」とするのではなく、業務と学習を一体化できると説明した。これにより、従業員は必要な情報を必要な瞬間に取り出し、その場で活用することが可能となる。

AIの強みは、ユーザーの状況を理解し、文脈を踏まえて最適な情報を提示できる点にある。テイビス氏は「AI can AIの強みは、ユーザーの状況を理解し、文脈を踏まえて最適な情報を提示できる点にある。テイビス氏は「AI can enable learning in the flow of work, hyper-contextual and emotionally intelligent(AIは仕事の流れの中に学びを埋め込み、文脈に応じ、感情を理解できる)」と述べ、AIが単に知識を提供するだけでなく、ユーザーの感情や疲労度を認識しながら対話を通じて学習を支援する未来像を提示した。

たとえば、AIは締め切り前でストレスを感じている従業員を検知し、関連するリソースやリラクゼーション方法を提案することも考えられる。さらに、AIは「hyper-contextual(ハイパーコンテクスト)」と呼ばれる高度に文脈化された支援を行うことができる。メール内容や会議メモからプロジェクトの状況や課題を理解し、ユーザーが次に学ぶべきトピックや注意すべきポイントを示唆する。

こうしたAIの介入は、従業員が「今」必要とする知識やスキルをタイムリーに習得するのに役立ち、学習の効果を最大化する。AIが先回りして学習ニーズを捉えることにより、没入型で対話的な学びの可能性は大きく広がる。

コーチングの本質と限界は何か?AIはどう補うのか?

テイビス氏は、AIが進化する今だからこそコーチングが人間の学びを促進するものになると説く。コーチングの源流はソクラテスの対話にあると説明した。ソクラテスは問いかけることで相手に考えさせ、内省を促した。この「問いかける」アプローチこそがコーチングの本質であり、コーチは相手の中にある答えを引き出す伴走者である。この対話を通じた内省が、個人の成長を促す原動力となる。

図2・3:変化する学びの中でのAIとコーチングの役割(当日投影スライドを基に当社で日本語訳を付したもの)

一方、従来のエグゼクティブコーチングは高額な費用と時間がかかり、対象も幹部層に限定されていた。そのためコーチングが必要とされる現場の社員や若手リーダーにはなかなか届かず、導入のタイミングも遅すぎることが多かったとテイビス氏は指摘する。氏は「coaching is about asking, not telling(コーチングとは教えることではなく、問いかけること)」と強調し、AIコーチは人間の役割を奪うものではなく、むしろ人間コーチを補完する存在であると述べた。

AIコーチの利点は、場所や時間にとらわれず、全社員に均等なサポートを提供できることである。24時間アクセス可能なAIコーチは、従業員が抱える悩みや課題に即座に対応し、役立つリソースや質問を提供する。人間コーチは感情理解や複雑な価値判断に優れている一方、AIは膨大なデータやナレッジに基づく客観的なフィードバックを返すことができる。

テイビス氏は、人間とAIの協働によって「いつでも、誰でも、手軽に」コーチングを受けられる環境を実現し、従業員一人ひとりの可能性を最大限に引き出すべきだと説いた。

AIコーチ導入を成功させるには?

人間の可能性を広げるAIコーチだが、その導入は単なる技術導入ではなく、組織変革プロジェクトとして捉える必要がある。テイビス氏は「you need to design it, not just deploy it(単に導入するのではなく、設計する必要がある)」と語り、AIコーチを運用するためには戦略的な設計が不可欠であると指摘した。

まず、AIモデルに学習させるのは一般的な情報だけではなく、企業固有の価値観、文化、ポリシー、コミュニケーションスタイルである。従業員がAIコーチの発言から「自分たちの言葉で話している」と感じられるようにすることで、AIへの信頼度が高まる。

導入にあたっては、会社にとって重要なイベントやプロセス、すなわち「moments that matter(重要な瞬間:入社時、目標設定、評価面談、キャリア転換など)」に焦点を当て、段階的に展開することが推奨される。例えば、新入社員のオンボーディングでは、AIコーチが企業文化や職務理解をサポートし、いつでも質問に答えてくれるコンシェルジュとして機能する。また、目標設定やパフォーマンスフィードバックの際には、AIが過去のデータやベストプラクティスを基に具体的な目標や改善策を提案する。

図4:企業がAIコーチを従業員や組織のためのツールとして導入する上で持つべき2つの視点(当日投影スライドを基に当社で日本語訳を付したもの)

さらに、AIコーチ導入の成功には責任者の存在が不可欠である。Head of AI Coachingのようなポジションを設け、AIコーチの利用状況をモニタリングし、ユーザーのフィードバックに基づいてモデルを改善し続ける体制が求められる。同時に、プライバシーとデータセキュリティに配慮したガバナンスモデルを整えなければならない。AIが収集するデータは個人情報を含む場合があり、適切な匿名化やアクセス制御が必要である。社員に対してデータの利用目的と範囲を透明に説明し、安心してAIを利用できる環境を整えることも重要な要素である。

体験から見えたAIコーチングの可能性と課題は?

セッション後半では、実際にValence社が提供するAIコーチ「Nadia」を使って参加者が自分の課題について相談する体験が行われた。多くの参加者は、AIが「自分に寄り添うように質問をしてくれた」「新しい視点を提示してくれた」など、具体的かつ迅速なアドバイスに満足したと感想を述べた。AIはトピックに関連するナレッジベースを瞬時に検索し、ユーザーの発言をもとに深掘りする質問を提示するため、短時間で多くの気づきを与える。

一方で、AIに効果的に質問するのが難しいと感じた参加者もいた。漠然とした相談内容ではAIの回答も一般的になりやすく、返答が表面的に感じられることがある。テイビス氏は「the quality of questions determines the quality of coaching(質問の質がコーチングの質を決める)」と述べ、AIコーチングの成果はユーザーの質問力に左右されると説明した。適切なプロンプト設計やAIとの対話方法に関するトレーニングを社員に提供することが、AIコーチ導入の効果を最大化する鍵となる。

また、AIコーチは学習を促進する一方で、最終的な意思決定や感情面のサポートは人間のリーダーや同僚が担うべきだという意見も多く聞かれた。AIは情報提供や客観的な分析に優れているが、個々の背景や職場文化を踏まえた微妙なニュアンスの理解は人間にしかできない部分がある。体験から得られた教訓は、AIコーチを導入する企業がユーザー側のリテラシー向上と人間による支援の併用を意識する必要があるという点である。

図5・6:講演中の様子。AIコーチ「Nadia」の体験を踏まえ、参加者の感想をリアルタイムに収集しながら、一人ひとりの声に耳を傾け、意見を共有しあった場面。

責任あるAIと人間の役割とは?

テイビス氏は、AIコーチングの普及に伴う倫理的な課題にも言及した。AIが広く使われるほど、個人情報の保護やバイアスの排除、説明責任といった「責任あるAI」の原則が重要になる。社員から収集した会話ログや行動データは機密性が高く、不適切な取り扱いは信頼を損なう恐れがあるため、管理体制とガバナンスの整備が求められる。また、AIの判断が偏りを助長しないよう、モデルのトレーニングデータに多様性と公平性を確保する必要がある。

テイビス氏は「we must design AI as part of human systems, not replacing them(AIを人の代替として設計するのではなく、人を中心としたシステムの一部として設計すべき)」と締めくくり、AIと人間の役割分担を意識的にデザインすることの重要性を訴えた。AIは日常的なタスクや情報提供を担い、人間のリーダーは共感や創造性、倫理的判断といった高付加価値領域に集中するべきである。

心理的安全性を高めるための対面の対話やチームビルディング、キャリア相談といった活動は引き続き人間が主導し、AIはそれを補完する形で関わる。責任あるAIの実践によって、企業はテクノロジーと人間の協働による持続的な成長を実現できると結論づけた。

図7:責任あるAI活用をしていくために必要な視点(当日投影スライドを基に当社で日本語訳を付したもの)

終わりに

AIが働き方を変革し続ける時代において、学びやコーチングのあり方が大きく転換期を迎えている。テイビス氏は、こうした変化の中で重要なのは、技術に人を適応させることではなく、人間中心の視点を軸に学びの環境を再構築することだと強調した。AIは個々人に合わせた支援を提供し、人間は内省や関係性の構築を担うという補完的な関係を築くことで、誰もが成長できる場をつくることができる。

人とAIが協働する学びの未来を描き、その実現に向けた組織的な挑戦を続けることこそが、持続的な成功への鍵になる——そう語るテイビス氏は、さらに私たちにこう問いかけている。

If AI Coach Nadia can already learn and coach with AI, what excuse do we have for leading the old way?
AIコーチ「Nadia」がすでにAIと共に学び、コーチングを実践できているのに、私たちが従来のやり方でリードし続ける理由があるだろうか。

(テイビス氏のメッセージを基に当社で日本語訳を付与)

この問いは、学びとコーチングの未来をどう設計するかを企業に突きつけている。単なる技術導入ではなく、人間中心の視点で環境を設計し直すこと。AIが個々人に合わせた支援を担い、人間が内省や関係性を築く補完的な関係をいかに実現するか。 その挑戦を始められるかどうかが、これからの組織に問われている。

図8・9:ビズスクリブル株式会社 松田 海さんによるセッションのグラフィックレコード

登壇者紹介

  人的資本マネジメント研究科長(Clinical Professor and Department Chair of Human Capital Management) Anna Tavis, Ph.D.

人的資本マネジメント研究科長(Clinical Professor and Department Chair of Human Capital Management)

Anna Tavis, Ph.D. Anna Tavis, Ph.D.

未来学者、人材マネジメント研究者、講演家。ニューヨーク大学にて人的資本マネジメント、HRアナリティクスとテクノロジー、エグゼクティブ・コーチングの3つの修士課程を統括。Thinkers50 Radar Thinkerに選出され、HRアナリティクス分野のグローバル・インフルエンサー100にも連続選出。著書に『Humans at Work: The Art and Practice of Creating the Hybrid Workplace』(2022)、『The Digital Coaching Revolution』(2024)がある。モトローラ、ノキア、AIGなどで人材・組織開発の要職を歴任し、学術と実務の両面で国際的に活躍している。

Anna Tavis is a futurist, researcher, and speaker specializing in human capital and talent management. At New York University, she leads three master’s programs in Human Capital Management, HR Analytics & Technology, and Executive Coaching and Organizational Consulting.
She has been recognized as a Thinkers50 Radar Thinker and has been listed among the Top 100 Global HR Analytics Influencers for consecutive years. Her recent books include Humans at Work: The Art and Practice of Creating the Hybrid Workplace (2022) and The Digital Coaching Revolution (2024).
Before joining academia, she held senior leadership roles in talent and organizational development at Motorola, Nokia, and AIG. Bridging academia and practice, Dr. Tavis continues to shape the global dialogue on the future of work and leadership.

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