イベントレポート

組織が担うWell-being:人と組織が共に成長する未来へ

公開日:

執筆者

  人的資本マネジメント研究科長(Clinical Professor and Department Chair of Human Capital Management)

人的資本マネジメント研究科長(Clinical Professor and Department Chair of Human Capital Management)

Anna Tavis, Ph.D.

組織が担うWell-being:人と組織が共に成長する未来へ

2025年7月1日に開催された本セッションでは、AI時代における「働く人の幸せと組織の成功」をどう両立させるかという観点で、ニューヨーク大学で教鞭を執るAnna Tavis(アナ・テイビス)氏にご講演いただいた。氏は米国で長年にわたり人事分野の研究と実践に携わってきた専門家である。近年は進化が急速に進むAIやデジタル技術と組織や人材の在り方について調査や研究を進めており、それらの文脈から考えるWell-beingにも着目している。講演では、Well-beingを個人任せにせず組織が主体的に設計する必要性を訴え、企業が真の働きがいのある職場を創るための道筋やヒントとなる事例をお話しいただいた。

Well-beingは個人の責任ではなく、組織として環境を整える必要がある

テイビス氏は冒頭で、Well-beingは従業員個人の努力ではなく、組織としての環境整備の責任を明言した。「well‑being is not the responsibility of an individual; organizations must take ownership(Well-beingは個人の責任ではなく、組織が主体となるべき)」と述べ、企業が主導してWell-beingを設計すべきだと訴えた。

従来は仕事と私生活が明確に分断され、職場では感情を抑えて機械のように働くことが期待されていた。しかしAIの進化とパンデミックによって境界が曖昧になり、新しい働き方が求められるようになった。世代間で価値観も変化し、若い世代は「ただ机に向かって時間を費やすことに価値を感じない」と考え、燃え尽きや孤独、メンタルヘルス問題が顕在化している。講演では、SNSによって生じるFOMO(Fear of Missing Out、取り残されてしまう不安)について言及した。

他者の成功や楽しそうな様子を目にすることで「自分だけが置いていかれているのではないか」という焦りや不安が強まり、その心理が働き手に深刻な影響を与えていると指摘した。

さらに、テイビス氏はAI時代の危機として「We have Paleolithic emotions, medieval institutions and godlike technology. And it is terrifically dangerous, and it is now approaching a point of crisis overall.(私たちは 旧石器時代の感情、中世的な制度、そして神のような技術を持っている。そしてそれは非常に危険であり、全体として危機的な局面に近づいている)」とアメリカの生物学者Edward. O. Wilsonの言葉を引用し、不均衡となっている感情・制度・テクノロジーのバランスを取ることがWell-beingの本質であると強調した。従来の制度と急速に進化するテクノロジーのギャップを埋め、世代間の価値観の違いを理解し合うことが、組織の責務である。

図1:なぜ今Well-beingに注目するのか(当日投影スライドを基に当社で日本語訳を付したもの)

新たな働き方には職場の再設計とコミュニティ形成が不可欠

次に、働く場の物理的・社会的環境に目を向ける。Genslerのグローバルワークプレイス調査によると、日本の従業員は67%がオフィス勤務で、サードプレイス(カフェや公園など)を活用する人はわずか3%に過ぎず、オフィス内でも半数が一人で働いている。学習や社交の時間は25か国中で最も少ないという結果が出ており、テイビス氏はこの調査結果を「学びと社交の機会を増やすチャンス」と捉え、データの意味を掘り下げた。彼女は「日本では半数の人がオフィスにて一人で仕事をし、学びや社交の時間が最も少ない。しかしこれは“問題”というより、学びと交流を増やす余地が大きいということだ」と述べ、職場環境を再設計することで人と人が自然に出会い、知識や経験を共有できるようになると解釈した。社員同士が偶然出会い、知識や経験を共有する場を増やすことで、新しいアイデアや協力が生まれ、Well-being向上にもつながるというのがテイビス氏の意見である。

図2:国別に見る働く場所の傾向(Genslerの2025年Global Workplace Surveyによる。日本語訳は当社で補足)

図3:国別に見る働き方の特徴(Genslerの2025年Global Workplace Surveyによる。日本語訳は当社で補足)

図4:職位別に見る働く場所の傾向(Genslerの2025年Global Workplace Surveyによる。日本語訳は当社で補足)

働く場所の選択は役職や世代によっても異なる。ジュニア層はオフィスや自宅にいる時間が長く、サードプレイスでの勤務は少ない一方、シニア層はサードプレイスをはじめとした自社のオフィスや自宅以外での多様な働き方をしている。 こうした世代・役職間の違いを考慮しながら、オフィス内にオープンなラウンジやカフェスペース、自然光や植物を取り入れた空間を設けるといった再設計が求められている。従業員が自宅でも職場でもない「サードプレイス」を気軽に利用できるよう、企業が外部のカフェやコワーキングスペースと提携したり、自社内に交流の場を新たに設けたりすることも提案された。

図5・6:講演中の様子。会場をご提供いただいた株式会社ヤプリ様のオープンスペースは、緑や窓からの自然光が心地よく取り入れられ、Well-beingなオフィス環境の好例として紹介されました。

テイビス氏はまた、職場環境を整える目的について、人々がオフィスに来たいと思うような楽しい空間を作ることだと語った。「We invest in making workplaces fun, not just decoration(職場環境への投資は装飾ではなく楽しい空間をつくるため)」と述べ、在宅勤務よりも職場に集い、長時間滞在したくなる環境づくりの重要性を強調した。ジムや食堂、自然あふれる広場など、自然にコミュニティが形成される場を整えることが、社員の帰属意識とモチベーションを高める鍵であると示した。これは、オフィスを単なる仕事場から、人と人が豊かに交流し学び合うプラットフォームへと転換する試みでもある。

テクノロジーを活用した従業員の健康管理支援

テクノロジーの進化は、従業員の健康管理や生産性向上に直結している。テイビス氏は、オリンピック選手が自分のバイオメトリクスを測定してパフォーマンスを最適化するように、企業でもウェアラブルデバイスの導入が進んでいると紹介した。これらのデバイスは従業員の睡眠や心拍数、活動量をリアルタイムで測定し、本人が自分の状態を把握して改善に役立てると同時に、組織が健康管理の支援に活用する。

テイビス氏はまた、「from lifespan to health span(寿命ではなく健康寿命を重視する)」という価値観の広がりを紹介し、健康の質に目を向ける時代が到来していると説いた。さらに、「digital detox, AI and wearable, and multiple others」と述べ、デジタルデトックスやAI、ウェアラブルなど複数の要素を組み合わせた取り組みが必要だと指摘した。休息とデジタルデバイスからの距離を取ることが心身の回復に不可欠であると訴えた。

こうしたテクノロジーを組織としてどう活用するかについて、テイビス氏は指針を示した。企業は従業員にデータを提供し、早期に体調の変化を検知できるツールを組み込む一方で、データのプライバシーと倫理的な利用を確保しなければならない。パーソナライズされたフィードバックや健康アドバイスを実現するには、個人情報を適切に管理し、従業員が安心してデータを共有できる文化を築くことが重要である。また、ウェアラブルを福利厚生の一環として配布する企業が増えており、個々のデータを活用して健康プログラムや福利厚生を柔軟に設計する取り組みが進んでいる。

文化的知恵と人間体験デザイン(HX)が融合したHRの進化が求められる

Well-beingの取り組みに文化的な知恵を取り入れることも重要だ。テイビス氏は、日本の「IKIGAI(生きがい)」や「森林浴」といった概念が欧米で注目されていることを紹介し、こうした文化が持つ癒やしの力やバランス感覚を職場に取り戻すべきだと述べた。欧米では『IKIGAI』や『森林浴』に関する書籍がベストセラーになり、テイビス氏はこれを「文化の換気(cultural ventilation)」と呼び、相互学習の重要性を強調した。

図7・8:Well-beingの観点ではお互いの文化を学び合うことが重要になる(当日投影スライドを基に当社で日本語訳を付したもの)

人事の役割も変わりつつある。テイビス氏は、人事を「Human Resource Management」から「Human Experience Team(HXチーム)」へと進化し、エンゲージメントを単に管理するのではなく「人間としての体験」を設計する役割へシフトすべきだと提言した。講演では、「design is how it works(デザインとは見た目ではなく機能である)」というSteve Jobsの言葉が引用され、オフィスの外観だけでなく採用や評価制度、オンボーディングなどすべてのプロセスを体験設計として機能するように再設計する必要性が示された。

さらに、大規模言語モデル(LLM)のAIが個人のニーズに合わせてフィードバックや学習支援を提供できるようになりつつあることも紹介された。「HR is going to be about personalization(HRは個別最適化が主軸になる)」と述べ、標準化から個別最適化への転換が進むと予測した。実際にLLMを活用したコーチングのデモでは、AIがユーザーの文脈や目的に応じてリアルタイムにフィードバックを提供し、学習を日常業務に組み込む可能性が示された。

質疑応答:メンタルヘルス支援はどのように進めるべきか

会場からは「メンタルヘルスの課題に対し、企業としてどのように取り組むべきか」という質問が寄せられた。
タヴィス氏は、まず次のように前置きした。

「臨床レベルに至った重度の精神疾患は、HRの役割ではありません。それは精神科医などの専門職に任せるべきです」

そのうえで、うつや燃え尽き症候群などのメンタルヘルス課題は、臨床レベルに至る前に兆候を察知し、早期に介入することがHRの重要な役割だと強調した。

米国では、新たに健康・Well-beingコーチングの認証制度が始まり、HR部門が中心となって早期の支援を提供できるようにする取り組みが進んでいるという。

例えば、「digital coaching is available from day one(デジタルコーチングは入社初日から利用できる)」と述べ、従来は経営層や幹部に限られていたコーチングを、デジタル化によって全従業員に拡大する必要性を示した。新入社員が早期に適切なサポートを受けることで、ストレスや不安を抱え込まずに成長できるようになる。テイビス氏は、メンタルヘルス支援が臨床段階まで進む前に対応する仕組みを整えることは、企業の責任だと繰り返し述べた。

終わりに

AIが認知労働を代替しつつある中、Well-beingは組織が取り組むべき中核的なテーマとなっている。講演では、組織の責任、物理空間の再設計、技術活用と健康管理、文化的知恵と人間体験デザイン、そしてメンタルヘルスと早期介入をはじめとした複数の視点から、企業がWell-beingを実現するための具体的なアプローチを整理した。従業員一人ひとりの健康と成長を支える環境を整え、世代や文化の壁を越えて共感と学びを促すことが、組織の持続的な成功につながるとテイビス氏は締めくくった。

そして、氏は本記事の作成にあたり、次のようなメッセージを改めて寄せている。

If you leave well-being to individuals alone, you’re not managing a workforce—you’re fueling burnout; the smarter step is to hardwire well-being into strategy, leadership, and everyday work design.
Well-beingを個人任せにしていては、組織は人材をマネジメントできず、むしろ燃え尽きを加速させてしまう。これからの賢明な一歩は、戦略やリーダーシップ、日々の仕事設計にWell-beingを組み込み根付かせることだ。
(テイビス氏のメッセージを基に当社で日本語訳を付与)

この言葉は、Well-beingを組織戦略にどう位置づけるかという課題を、すべての企業に突きつけている。単なる福利厚生や一過性の施策にとどまらず、リーダーシップと働き方の設計そのものに組み込むことで初めて、持続的な成長と従業員の幸せを両立できる。その実践が、これからの組織に求められている。

図9:ビズスクリブル株式会社 松田 海さんによるセッションのグラフィックレコード

登壇者紹介

  人的資本マネジメント研究科長(Clinical Professor and Department Chair of Human Capital Management) Anna Tavis, Ph.D.

人的資本マネジメント研究科長(Clinical Professor and Department Chair of Human Capital Management)

Anna Tavis, Ph.D. Anna Tavis, Ph.D.

未来学者、人材マネジメント研究者、講演家。ニューヨーク大学にて人的資本マネジメント、HRアナリティクスとテクノロジー、エグゼクティブ・コーチングの3つの修士課程を統括。Thinkers50 Radar Thinkerに選出され、HRアナリティクス分野のグローバル・インフルエンサー100にも連続選出。著書に『Humans at Work: The Art and Practice of Creating the Hybrid Workplace』(2022)、『The Digital Coaching Revolution』(2024)がある。モトローラ、ノキア、AIGなどで人材・組織開発の要職を歴任し、学術と実務の両面で国際的に活躍している。

Anna Tavis is a futurist, researcher, and speaker specializing in human capital and talent management. At New York University, she leads three master’s programs in Human Capital Management, HR Analytics & Technology, and Executive Coaching and Organizational Consulting.
She has been recognized as a Thinkers50 Radar Thinker and has been listed among the Top 100 Global HR Analytics Influencers for consecutive years. Her recent books include Humans at Work: The Art and Practice of Creating the Hybrid Workplace (2022) and The Digital Coaching Revolution (2024).
Before joining academia, she held senior leadership roles in talent and organizational development at Motorola, Nokia, and AIG. Bridging academia and practice, Dr. Tavis continues to shape the global dialogue on the future of work and leadership.

オンライン相談のイメージ

CONSULTATION

オンライン個別相談

サービスについて詳しく知りたい、課題解決のヒントが欲しい、
思考整理したい、客観的視点が欲しいなどお気軽にご相談ください。

オンライン個別相談(30分)をする

CONTACT US

お問い合わせ

こちらのフォームからお問い合わせいただけます

お問い合わせフォーム

FOLLOW US

最新情報をチェック!

メルマガ登録・公式SNSフォローで最新情報をお届けします。