第2回 議事要旨『二極化する学び:何が学びを阻害しているのか?』

公開日 2013/10/02

環境が激しく変化する中、個人には絶えず学び続けることで変化対応力を養うことが必要とされている。では実態として、学びはどの程度実践されているのだろうか。本委員会ではまず学びの実態を概観した後、学びを阻害する要因について議論を行った。

学びの実態:二極化傾向にある学び

『平成24年度能力開発基本調査』によると、1年間で自己啓発に少しでも時間を費やした労働者は48.0%。とくに課長相当職(52.2%)や係長・主任・職長相当職(49.8 %)などであっても自己啓発を行っている層は5割程度に過ぎない。
では、自己啓発を行っている層はどの程度の時間を費やしているのだろうか。同調査の「(自己啓発を行った労働者の)1人当たり平均延べ受講時間」は年間平均72.1時間。自己啓発を行っている層であっても年間あたり3日程度に過ぎないことが伺える。さらに、受講時間別の分布を確認すると、平均の72.1時間よりはるかに少ない「10-30時間未満」が最も多い層となっている(30.2%)。他方で「200時間以上」の層が9.4%存在しており、こうした一部の層が全体の平均を押し上げている傾向が読み取れる。学びの実態は、いわば二極化していると言えるのではないだろうか。

自己啓発の延べ受講時間階級別割合(%)

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注)自己啓発を行っている労働者のうち受講時間が「不明」を除いて100%とした。
(出所)平成24年度能力開発基本調査結果(厚生労働省)から作成。

二極化の傾向は、企業内においても観察できる。横浜国立大学大学院 服部泰宏 准教授が日本のビジネスパーソン1489名を対象に実施したアンケート調査によると、「1か月に読むビジネス書」の数は平均値こそ0.4冊だが中央値は0冊となっていた。ここでも一部の層が非常に多くのビジネス書を読んでおり全体の平均を押し上げている様子が伺える。
同調査によると、こうした学びを多く実践している層はキャリアモチベーションが高い。
服部准教授はその背景に「学びのスパイラル構造」があることを指摘している。学びのスパイラル構造とは、積極的に学びを行っている層ほどキャリアモチベーションが高まり、キャリアモチベーションが高くなるほど学びの機会を得ようとするようなサイクルのことを指す。

学びを阻害する要因はなにか?

上述したように、一部の層に関しては多くの学びが実践されており、キャリアモチベーションとの好循環も形成されている。しかし一方で、働く個人の大半は学びが行われていないことが示唆された。では、何が学びを阻害しているのだろうか?本委員会では、個人要因と組織要因に分けて議論を行った。

【個人要因】

・年齢、性別などによる違い

同『平成24年度能力開発基本調査』によると、年齢や性別により学びの有無が異なることが確認できる。年齢に関しては、20歳~29歳が最も学ぶ層が多く (53.3%)、その後、30-39歳(49.1%)、40-49歳(46.7%)、50-59歳(42.7%)と年を重ねるにつれて割合は減少する。他方、性別による違いを確認すると男性が51.0%に対して女性は41.6%と1割近い差がみられる。前述した服部准教授の調査によると、自主勉強会参加回数は女性の方が多い一方で、社外研修機会回数、ビジネス経済関連書籍購読数、一般教養書籍購読数、学会誌購読数、ウェブサイト・ブログ閲覧、メルマガ登録については男性の方が多いなど、手法による差異もみられた。

・時間展望

本委員会で指摘された点は学びが時間展望と密接に関連している可能性である。 時間展望には、「過去肯定型」「過去否定型」「現在快楽型」「現在宿命型」「未来型」がある。例えば「未来型」が強いと将来を見通して目標を立てるため、学びは志向されやすいであろう。他方、「現在宿命型」が強すぎる場合には、自分の力で切り開こうという動機になかなかつながらず、学びを実践しようとしないのではないだろうか。もっとも、学びを志向するためには、「過去⇔現在⇔未来」の時間展望を適切にオーバーラップさせながら、「構想する」「方向づける」「意味づける」ことこそが重要であり、こうした適切なオーバーラップが出来ていないことが阻害要因となっていることが考えられる。

1「過去肯定型」とは過去の経験や出来事に対して郷愁的で温かな態度。「過去否定型」とは過去の経験や出来事に対して否定的で嫌悪的な態度。「現在快楽型」とは今が楽しければいいという享楽的な態度で短視眼的な生き方を肯定する態度。「現在運命型」とは、現状や今の人生に対して、運命的で無力的な態度。「未来型」とは将来に対して計画的で禁欲的な態度を指す。

・キャリアモチベーションや学習動機

学びが実践されていない背景には本人の学習動機が刺激されていないことが影響している。本委員会では「役にたつか、楽しいか。このいずれかの要素がないと学びにはつながらないのではないか。」という指摘がなされた。実際、学習動機の二要因モデルにおいても学習動機は「学習の功利性(学びが何かの役に立つから)」と「学習の重要性(学び自体が楽しいからなど)」からなるとされている。こうした功利性(役に立つか)や重要性(楽しいか)といった要素を見いだせていないことが学びを阻害する大きな要因であろう。

【組織・業務要因】

・企業規模および企業との距離感

同『平成24年度能力開発基本調査』では大企業ほど自己啓発を行っている比率は高い。しかし同調査では、企業が用意した研修を契機とする学習時間等も入るため、必ずしも大企業の方が主体的な学びが行われているとは言い難いのではないだろうか。本委員会では、むしろ大企業ほど学びを阻害する要因が多い可能性が指摘された。例えば、雇用が安定しているために過度に現状に安住してしまう傾向が高く「健全な危機感」を感じにくい。また、一個人が組織の歯車であるような感覚を持っているような場合にも、主体的な学びは実践されにくいことが本委員会で指摘された。

・業職種による違い

同調査では金融・保険業(64.4%)や医療・福祉業界 (59.6%)などが6割近い自己啓発率を示すのに対して、運輸・郵便業(35.9%)、生活関連サービス業・娯楽業(38.2%)は4割を下回るなど、業種による学びの差異が確認できる。また、本委員会ではIT系など技術やシステムのオープン性が高い職種は学びが促進されやすく、閉鎖性が高い業職種では学びが喚起されにくい点が指摘された。これはオープン性の高い業職種ほど(職種別労働市場など)キャリアの発展可能性が社外にも広がっていること。また、社外との(専門的な)ネットワークも存在していることなどにより、社内キャリアパスだけを見ている場合と比べると「将来ああいう風になりたい」という理想像が高く設定されやすいと考えられる。また、オープン性が高いほど、「企業特殊能力」よりも「一般能力」を高めることによる投資対効果が高まるため、(専門性の深化など)自発的な学びに結びつきやすいと考えられる。

・組織風土

学びが志向されるか否かは組織風土によっても影響を受けるであろう。例えば政治力や社内人脈力が過度に重んじられるような風土では、学びに対する動機付けは強まらないことが考えられる。「社内で誰に聞けば良いか?」といったノウフー(know who)さえ掴んでいれば仕事が進むため自らの専門性を高めようとはしない。また、そうした力にのみ長けた人材が昇進するような組織であると、学習の功利性が高まらない。
個人の越境学習を許容する風土が無い場合にも、学びは阻害されやすい。例えば、社外の勉強会に参加した社員に対して、周囲が「昨日の勉強会はどうだった?」と感想を聞くだけでも本人の内省が促されるのではないだろうか。さらに、そうした学びを組織全体に共有する場を設けたり「自社の場合にはどう役立つか?」を考えさせることも学びをより促進する契機となる。振り返るだけでなく次の経験に活かせるような抽象的概念化を行うことが大切なためである。このような契機を提供でき、学びの火をつける人が組織にいるかどうかが学びの実践に大きな影響を与えているのではないだろうか。


日時:2013年10月2日(水)18:30~21:00
場所:株式会社インテリジェンスHITO総合研究所 会議室

参加者:
石山恒貴氏(法政大学大学院 政策創造研究科 准教授)
服部泰宏氏(横浜国立大学大学院 国際社会科学研究院(兼)経営学部 准教授)
亀島哲氏(厚生労働省 人道調査室(兼)ハローワークサービス推進室 室長)
川口公高氏(株式会社ミスミグループ本社 人材開発室 副ゼネラルマネジャー)
田中 潤氏(株式会社ぐるなび 執行役員 管理本部 兼 総務部門長)
須東 朋広 (株式会社インテリジェンスHITO総合研究所 主席研究員)

事務局:
株式会社インテリジェンスHITO総合研究所 研究員 田中 聡
株式会社インテリジェンスHITO総合研究所 研究員 森安 亮介

※肩書きは当時のものです



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