介護人材の成長とキャリアに関する研究プロジェクト介護人材の成長とキャリアに関する研究プロジェクト
介護人材の成長とキャリアに関する
共同研究プロジェクト

研究員座談会

ベネッセ シニア・介護研究所  ×  パーソル総合研究所

プロジェクトのキーパーソンが語る 介護人材にとっての「成長」とは

2025年に34万人が不足するといわれている介護業界。介護業界の人手不足は少子高齢化社会が進む日本において重大な課題だ。そこで、パーソル総合研究所では、国内で300超の有料老人ホームを運営するベネッセスタイルケアのベネッセ シニア・介護研究所と共同研究プロジェクトを立ち上げた。プロジェクトの中核を担う4人の研究者が、介護業界全体の傾向、介護人材の就業状況から、横たわる課題を語りあう。

掘り下げるべき課題を探る

小林:まずは、ベネッセ シニア・介護研究所さんに今回の共同研究プロジェクトの発足をお声がけした経緯から入りたいと思います。昨今、介護業界の人手不足の深刻さは論を俟たないところですが、この問題は業界内部の問題に留まりません。他業界における介護離職という形で日本社会全体へと波及していきます。我々としてはこの研究の成果を介護業界全体、さらには社会全体への現実的な打ち手として還元できる体制にしたいと考えました。そこで、業界全体を牽引しつつ、先進的な介護実践の研究をされている御社にお声がけさせていただきました。

掘り下げるべき課題を探る
掘り下げるべき課題を探る

福田氏:ありがとうございます。我々の研究所が設立されたのは2015年なのですが、ベネッセグループとして介護事業を始めたのは1995年のことです。現在、都市部の住宅地を中心に有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅などの高齢者向けホームを317拠点、在宅介護事業38拠点を展開しています(2018年9月1日時点)。介護人材は約9,500人(2018年7月末時点)おりますが、残念ながら一定数は様々な事情で離職しますので、当社にとっても介護人材の確保は課題です。

小林:今回のプロジェクトでは、人数を揃えるという意味での人手不足の解消として、単に離職防止の策を検討するのではなく、「介護人材にとって、成長を実感しながらキャリアを築いていける環境とはどういった環境か」という視点で、結果的に働き続ける人の増加にもつながるような研究にしたいと考えています。この座談会では、本プロジェクトで今後掘り下げいくべき課題は何なのか、専門の研究をされているベネッセさんならではの視点、そして現場の声もいただきながら探りたいと思います。

介護ニーズがあるのに人材が集まらない

小林:まずは、公的統計から社会や介護業界全体の課題を改めて捉えてみたいと思います。

砂川:言うまでもないことですが、日本は超高齢化が進み、今後ますます労働人口が減少していく中、要介護認定者はこれまで以上に増えていきます。団塊の世代すべてが75歳以上となるのが2025年。この年には、これまで増えてきた介護職員数の伸びをキープしたとしても約34万人の介護人材が不足すると推計されています。

小林:2025年というのは、7年後、そう遠くない未来なんですよね。しかも、これまで順調に増えていた介護人材の伸び率のペースを維持したとしての推計です。労働市場全体でみても2025年には583万人の人手不足が予想されています。AIや介護ロボットなどで業務自体が効率化されたり人の手が必要なくなったりすることがあったとしても、他業界との人材の取り合いが加速することが容易に想像されます。

介護ニーズがあるのに人材が集まらない
介護ニーズがあるのに人材が集まらない

砂川:一方、もうひとつの社会課題として、さまざまな業界で、家族の介護のために仕事を辞めてしまう介護離職の問題があります。総務省「就業構造基本調査(平成24年)」によると、平成19年から平成23年にかけて毎年約10万人が介護離職をしていますが、介護サービスを担う人材の不足によって、今後管理職を含む40~50代を中心に「介護離職」が大幅に増加する懸念があります。

小林:介護離職が世間でクローズアップされるようになったのは、会社が貴重な働き手を失ってしまうことに加え、仕事を辞めて介護に専念していた人が経済的困窮や社会的孤立などに苦しみ、結局は共倒れになってしまうという形で、問題が顕在化してきていることにもよると思われます。

福田氏:このような逼迫した状況で、介護の重要性が増しているにもかかわらず、介護職の採用は簡単ではありません。介護職に就こうというお子さんを親御さんが止めに入る状況もあると聞いています。介護の大変な面だけが取り上げられて、一人歩きしているように思えます。もっと介護の仕事の良さや楽しさ、社会的な意義というものを伝える必要性も痛感しています。

介護の現場での「成長」とは?

砂川:実際に介護職の方々が社会的意義を重要視しているのは、データでも浮き彫りになっています。当社で行った「働く1万人の就業・成長定点調査2018」において、介護職の方は、「社会的な成功を得る」のではなく、「社会のために役立ちたい」という意識が強い傾向が出ています(図1参照)。

【図1】

仕事観 ー 「何のために働いているのか」

介護職は、他職種と比べて「やりがい・達成感」「自身の成長」「社会」のために働く意識が強い。
逆に、会社視点で目標達成や、社会的成功への志向は低い。

仕事観 ー 「何のために働いているのか」仕事観 ー 「何のために働いているのか」

小林:介護職の方は、働くことを通じた成長への志向性も高いです。成長が重要だと思っているのは、全体の79.7%と比較し、介護職では86.2%に上ります。ただ興味深いのが、介護職の方は図2のように、「専門性の向上・視野の広がり」などを成長として捉え重要視する一方、「新しい知識や経験を得ること」「効率化」「役職・社会的地位の向上」を重要視していないことです。(図2参照)

【図2】

介護職の成長イメージの特徴

介護職が抱いている「働くことを通じた成長」のイメージを聴取し、就業者全体と比較した。
他業種と比べた特徴は、介護職は専門性向上、視野の広がり、ストレス耐性の向上などを成長と捉え、新しい知識・経験を得ることや仕事の効率アップ、組織内の昇格をあまり成長と捉えない傾向がある。

介護職の成長イメージの特徴介護職の成長イメージの特徴
介護の現場での「成長」とは?

福田氏:専門性を高め視野を広げたい一方で、それにつながるようなことが重要視されていないのは、介護職の日常の活動の場が個々の事業所や訪問先の家庭などに限られやすい現状が関係している可能性もあるのではないでしょうか。

林氏:私の有料老人ホームの介護職としての経験では、介護の仕事の現場は、人間関係も狭いように感じられました。密に関わる同僚は10人程度で、個々の仕事ぶりもその10人の評価で決まると言っても過言ではありません。そのため、どうしても新たな知識というより、そのホームの中で認められる専門性やスキルを極める方向に目がいく傾向にあるのかもしれません。

小林:他の形態の介護事業においても、似たようなことが言えるのかもしれませんね。林さんは介護職から研究員になられましたよね。それによって視点が変わったのではないかと思うのですが、どのように感じられていますか。

林氏:研究所に移って、他事業者も含め、様々な拠点に足を運び、色々な工夫や取り組みが見られて感動しました。介護職のときは、他の事業者や拠点の方、全体の運営に携わる方とお話しする機会はほとんどありませんでした。しかし、その方々に今教えていただいていることこそ、拠点にいるときに知りたかったことです。

小林:そういう意味では、「成長」を実感するためにも、教育という観点からも、同僚との横のつながりというのが非常に重要になりそうですね。1つのホームの中でのベテランと新人といったような縦の関係でなく、横の関係における情報交換やフィードバックが「成長」を後押しできるかもしれません。あとは、自分の拠点から出るという意味での「越境学習」も求められそうです。

福田氏:私たち研究所の人間が外から見ると、拠点の中でされている工夫が凄いことだと分かります。しかし、中にいる方は当たり前のことだと思ってやっている。改めて自分たちの取り組みを振り返ったり、他の人に見てもらったりする機会がないのが現状です。事例発表などを通じて横のつながりの場をつくり始めていますが、データを見て、その重要性を改めて感じました。

介護の現場での「成長」とは?

大変さの低減だけでなく、専門性・成長実感の向上がカギ

小林: 従来の介護事業に関するイメージ調査の多くで、「体力的にきつい」「精神的にきつい」「給料が安い」という結果が出ており、世間的には「介護は大変な仕事」というイメージが持たれているようです。それをふまえて、介護職の給料を上げるような動きも見られます。しかし、このような介護のネガティブな部分、 大変さを低減するだけで、本当に介護職は増えるのでしょうか。

林氏: 私が介護職として働いて思ったのは、介護の仕事は、80年、90 年と生きてこられた方々の人生の集大成を一緒に作っていく、クリエイティブでやりがいがある仕事だということです。自分達のケアの工夫によって、ご利用者やそのご家族が心からの笑顔を見せて下さるのは、私にとって何ものにも代えがたい喜びでした。一方、そのためには、多職種で連携して情報収集・分析を行い、「その方の今のご状態はどうなのか」「その方にとって良いことは何なのか」を的確に把握して、ケアを実践していくことが求められます。やればやるほど、奥の深さを感じられる職業だと感じています。このような側面にも、もっと注目してよいのではないでしょうか。

大変さの低減だけでなく、専門性・成長実感の向上がカギ

砂川:でも、やりがいや奥深さと給与面の両方を考慮した結果、給与面を理由にやむなく離職する人もいそうです。

福田氏:確かにおっしゃるとおりだと思います。給与の改善は重要なポイントになると思います。それに世の中からの評価が連動してくると、介護の仕事に就く人や、介護の仕事を続ける人がさらに増えるかもしれません。その鍵のひとつは、取り組みの成果を見える化する工夫だと思います。見える化によって仕事の成果がきちんと評価されることで、介護職は、成長実感や、より大きなやりがいを持つことが出来るようになると思います。これは、私達のような研究所が取り組むべき課題であり、いずれは成果を測ることのできる共通の尺度を作りたいと考えています。それらを通じて、介護を学問として体系化し、それに則って教育していく機関を増やしていく取り組みも必要であると感じています。介護という学問領域を確立することで、専門性が高まり、結果的に給与にも反映されるはずです。そのためにもこうしたプロジェクトは重要で、我々研究所が取り組む意義は大きいです。

小林:今回のお話で、介護人材を取り巻くいくつかの具体的な課題が見えてきました。1つ目は世間のネガティブイメージが強いことの弊害。社会的に意義がある仕事であるにもかかわらず、その仕事に実際に就く人が不足している状況をどう打開していくか。2つ目は介護の仕事における成長実感を持ちづらい現状。成長はしたいけれども、職務的に成果が測りにくいなかで、どのように成長実感を得ることができるか。加えて、介護の仕事においてどのようにキャリアを描いていくことができるのかが、大きな論点になってくるのではないかと考えています。他にも論点はでてくると思いますが、この辺りを今回の調査、そしてその後の実践を通じて少しでも解きほぐしていけたらと思います。

福田氏:色々と見えてくることが多そうです。意義深いものになることを期待しています。今日はありがとうございました。

大変さの低減だけでなく、専門性・成長実感の向上がカギ
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