公開日 2018/07/01
PMI® EMEAコングレス2018(以下EMEA2018)(注1)は、Europe/Middle East/AfricaエリアにおけるPMI®*主催のグローバルフォーラムです。去る5/7-9、ベルリンにて行われたこのイベントに参加しましたので、全体所感とキーノートセッションからの考察についてご紹介します。
(*PMI® とはProject Management Instituteの略で、プロジェクトマネジメントに関する標準の策定や普及に努める非営利団体です。)
EMEA2018に参加してまず感じたことは、プロジェクトマネジメントといえばITプロジェクトの成功確率を高める手段という認識が主流の日本とは大きく異なり、ITだけでない各産業においてプロジェクトマネジメントが戦略実行やイノベーションの実行手段の一つであるという認識が主流となっている点です。また、ウォーターフォール・プロジェクトマネジメントの進化曲線(注2)が緩やかになっていることや、イノベーションの重要性の高まりから、PMI® としても、該当領域への知の探索と創造に注力しているようです。従来は、ブループリント(注3)が決定した後にプロジェクトが立ち上がるイメージでしたが、前工程へプロジェクトマネジメントの定義を拡大させているのです。
これらを踏まえ、EMEA2018のテーマは、「Making Difference:The Evolving The Role of Project Management」なのです。いくつかの講演から感じたのは、プロジェクト・マネジャー(以下PM)を経て、あるいはPMという立場にとどまったまま、イノベーションや戦略立案などいわゆるビジネスサイドへのステップアップを推奨しています。特に米国を中心とするイノベーション事例において、創業者が優秀なエンジニアであることや、企業ではエンジニアからPMというキャリアが一般的なためです。
また、あらゆるものがつながるIoT時代が本格到来する以前より、ひとつのセキュリティ事故が企業を破産させかねないことから、ビジネスサイドであってもセキュリティに対する理解が求められることも考慮されているようです。レポートからはやや逸れて、日本の状況ついて考えてみたいと思います。みずほインサイト(2017/10/2)『日本企業の稼ぐ力は高まったのか~企業収益の国際比較にみる日本企業の変化と課題~(みずほ総合研究所)』よると、2012年-2016年における企業収益を日本と米英独で比較すると、ROS(売上高純利益率)・ROE(自己資本純利益率)において4カ国で3位となっています。これは主観ですが、最下位であった英国に様々な環境要因(EU脱退・原油価格の下落)が無ければ、日本が最下位となっていた可能性が高いと考えています。さらに企業ごとの収益性のバラつきが最も少ないことも特徴です。つまり、国全体として、平均的に収益が上がっていない状況なのです。
ただし、収益性は徐々に回復しつつあります。さらに、内部留保はここ数年過去最高を更新し続けています。つまり、「無い袖は振れない」わけではないのです。
AI・IoTに端を発し、産業構造が大きく変化しようとしている今こそ、PMがDifference Makerとなり、企業の投資と収益性改善を推し進めていくべきなのでしょう。そのために、エンジニアからPM、PMからより大規模案件のPMという直線的なキャリアを広げ、また、エンジニアの時点からビジネスに対する理解を深め発想を広げる仕組みや工夫が必要なのです。
Rowan Gibson氏のセッションを独自に解釈するとイノベーションを誘発するためには、以下の3つの要素が重要であると認識できます。
1.People(人材)
2.Perspective(視点)
3.Process(プロセス)
1.Peopleについては、セッションではDiversityというキーワードで語られます。当然ですが、イノベーションすなわち新結合を果たすためには多様な人材とその交流が必要であるということです。
2.Perspectiveについては、セッションでは4Lensesというキーワードで語られます。まだ見ぬ新しい商品やサービスを見るために4つのメガネを使いましょう、という意味合いです。内容は概ね次のとおりです。
・新しいものを生み出すというよりは、古いものを如何にして捨てるかという着眼を持つ
・コアコンピタンスを活用する
・パートナー・技術・コンテンツなどにおいて社外のリソースを最大限に活用する
・顧客が理解していない顧客の真のニーズ理解に努める
3.Processについては、セッションでも同じキーワードで語られます。チームビルディング・メンバー育成・現状調査などを経て、その上で新しいアイデアの創出に取り組む、といったあたりがポイントでした。
さて、EMEAコングレスの内容を踏まえ、日本の状況についても考えてみたいと思います。
2016年の国際特許出願数において日本は第2位であり、1位(米国)に肉薄する件数を誇っています。
しかし、ビジネスモデル特許 に限ると、日本は第4位で、1位(中国)と比較すると件数は約1/5となり、相対的にこの分野は大きく劣ることになります。
これについて強引に仮説を立ててみます。
まず、技術特許の出願件数が多い理由としては、日本の各企業において出願件数という分かりやすい目標に対して技術者や研究者が勤勉に取り組んでいることが考えられます。
そして、ビジネスモデル特許の出願件数が少ない理由として、そもそもビジネスモデル(≒楽して儲けるしくみ)への関心の薄さが考えられます。
上述の勤勉さや、労働を美徳とする文化の弊害として、楽して儲けるということに関心が薄いのです。日本は先進国において、資産の投資率は最低 です。このことは、その傾向を表しているといえます。
この仮説が妥当だとするならば、そして、敢えて頭文字を揃えるとするならば、日本がビジネスモデルの分野でイノベーションを誘発していくためには、People/Perspective/Processに加えて労働を美徳とするPhilosophyを改める必要があるかもしれません 。
(注1)PMI® 主催のグローバルカンファレンスで、EMEA(Europe/Middle East/Africa)地域版。最新のプロジェクト及びビジネス動向、教育トレンドの情報発信に加え、参加者同士のナレッジ共有やネットワーキングを行う。他に、北米カンファレンス、アジア各国のカンファレンス/フォーラムがある。参加人数は、約2000名。
(注2)製品・サービス・ノウハウが時間とともに改善を重ねる様相を縦軸:成熟度、横軸:時間にとり、その進捗を曲線で描いたもの。通常はS字カーブを描く。
(注3)青写真。見取り図的な将来計画。(ここでは、そのプロジェクトによって戦略的に何を成し遂げるのか、という意味。)
・みずほインサイト(2017/10/2)『日本企業の稼ぐ力は高まったのか~企業収益の国際比較にみる日本企業の変化と課題~』、みずほ総合研究所
・資金循環の日米比較(2017年8月18日 日本銀行調査統計局)
・WIPO,特許国際出願ランキング(2016)
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