経験と勘の人事配置を「科学」する

公開日 2017/09/06

ピープルアナリティクスが求められる背景

人工知能(AI)への関心がますます高まり、製造業や金融をはじめ医療、教育の現場においてもテクノロジーを活用する動きが急速に広まっています。そのような流れの中で、データを活用した人材マネジメントに取り組む企業も少しずつ増えてきています。高度成長期のように外部環境が安定しており、長期的な見通しが立てやすい時代であれば、経営者は自身の経験を踏まえて判断すれば良かったかもしれません。また、市場全体が成長期にある中では、画一体な人材マネジメントでも特に問題にはなりませんでした。しかし、VUCAと呼ばれる先の読めない時代に突入した今、これまでのやり方では企業は立ち行かなくなってきています(※VUCA・・・Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧性))。過去の成功パターンが通用しなくなり、働き手の多様化や働き方の変化によって人材マネジメントも変革が求められています。このような流れの中にあって、客観的で迅速な意思決定を助ける手法としてピープルアナリティクスが注目されるようになってきたのです。

<図1>人材マネジメント変革の背景

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では、ピープルアナリティクスはこれまでの人事データの管理・活用とは何が異なるのでしょうか。私たちは、「データ同士が有機的につながっている」、そして「意思決定に戦略的に活用できる」という2つの点で異なると考えています。各企業においては、これまでも様々な人事情報を扱ってきました。しかしながら、それらは通常個別に管理され、いざこれらの情報を活用しようとした場合、人事担当者の手で統合・加工を施す必要がありました。そのため、それらをどう使うかは担当者の力量次第でしたし、採用や異動の判断においては、人事の経験や勘、記憶に頼ることが多かったのではないでしょうか。データはあくまで補助的な扱いに留まっていました。ピープルアナリティクスは、これらの膨大な人事データが一元的に管理され、それぞれのデータが関係性を持ち意味を成しているという点において、これまでの人事情報管理とは決定的に異なります。このデータ群を高度に解析することによって、これまでのデータ集計・分析では見えなかったことがわかるようになり、人事や経営の意思決定に戦略的に活用することが可能となるのです。

<図2>人事情報管理とピープルアナリティクス

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ピープルアナリティクスによって、行動データを解析してオフィスの生産性を向上させる、退職リスクの高い人材を予測する、といった事例が段々と増えてきています。パーソル総合研究所では、ピープルアナリティクスを活用して配置の最適化を実現することに取り組んでいます。具体的な話をする前に、まずは人事配置が経営に与えるインパクトと、客観的なデータを活用することの有効性について考えてみます。

配置のミスマッチが引き起こす問題

私たちは、人事配置が組織や経営に与える影響は非常に大きいと考えています。働き方改革やマネジメント改革が昨今注目を集めていますが、それらと同じくらい、もしかするとそれ以上かもしれません。まず、配置のミスマッチによって何が起きるでしょうか。合わない環境で合わない仕事をするわけですから、本人のモチベーションは低下し、パフォーマンスが上がりにくくなります。そうなると組織全体の生産性にも影響します。中には離職に至るケースも出てくるでしょう。この状態が長引けば業績の低迷や人材不足を引き起こし、ますます適性配置など考える余裕がなくなっていきます。これが配置の悪循環です。目指すべきはこの反対で、配置の好循環を生み出すことです。配置のマッチングにより優れたパフォーマンスを引き出し、強い組織へと成長を続けることです。人材育成という観点でも、人の成長に最も寄与すると言われる現場経験の基盤となるのは、やはり人事配置です。このように、配置のマッチングというのは非常に重要なテーマですが、採用や評価といった人事機能と比較して、本気で取り組んでいる企業はまだまだ少ないのが現状です。逆に言えば、それだけ伸びしろがあるテーマだと言えるのです。

<図3>配置の悪循環・好循環

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では、配置の好循環を生み出すにはどうすればよいのでしょうか。それには「全体最適」の考え方が鍵になります。これまでの異動配置の主目的は経営幹部の育成であり、トップタレントを中心に考えられてきました。一部のリーダーが会社を引っ張り、大部分の社員はそれについていけばよかった時代であれば、そのやり方でも問題になりませんでした。しかし、これからのVUCAの時代を勝ち抜いていくためには、社員1人1人が持てる能力を最大限に発揮し、企業の競争力を高めていかねばなりません。つまり、異動配置はトップタレントの育成のみならず、全社のパフォーマンスを向上させる手段、人事には「全体最適」の視点が求められてくるのです。

「全体最適」を実現するには?

一般的な異動プロセスは、必要なポジションを設定し、そこに異動させる候補者を選出し、人事と各部門間の調整を経て決定されます。この異動候補者の選出を現場まかせにしてしまうと、どうしても部門の都合が優先されてしまいます。わかりやすいのは、優秀な人材を囲い込んでしまうケースです。全体最適を実現するには、このような囲い込みを排除し、適任者を公平な目で選ぶ必要がありますが、これを人事がすべて調整するのは現実的ではありません。人事の負荷は相当なものになりますし、人事と事業部門の対立の構造を生んでしまいます。つまり、全体最適を実現するにはこれまでのやり方を変えないといけません。そこでデータによるマッチングが意味を持ちます。マッチングロジックにより、デジタルに候補者を抽出し、異動プロセスを仕組み化することで、部門の恣意を介在させない選出が可能となります。さらに、システム上で異動シミュレーションを行うことで、単なる玉突き人事ではなく、候補者1人1人の異動が適切なものかどうかをチェックすることもできます。

<図4>全体最適配置のプロセス

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配置の最適解析出と異動シミュレーション

配置のマッチングを考える際には、「仕事のマッチング」と「人のマッチング」の2つの観点があります。前者はその職種で活躍できる因子を持っているかどうか、後者はアセスメントによって人材タイプを分類し、タイプ同士の相性を見ることでマッチングを図ります。これらを掛け合わせることで「場所」と「人」のベストマッチングを導き出すというのが、最適配置モデルの考え方です。そして、人の相性については、最も影響の大きいと思われる上司と部下の相性を析出することにしました。このマッチングモデルにより、適合度の高い部署と、該当部署で相性の良い上司が誰なのかまでをデジタルに抽出できるようになりました。

<図5>異動配置最適化ロジックのイメージ

コラム 挿入用⑤.pngしかしながら、マッチングモデルを構築するだけで最適配置が実現できるわけではありません。具体的に誰をどこに異動させるのがベストなのか、異動検討プロセスの中でこのモデルを実際に運用できるのかどうかが非常に重要です。パーソル総合研究所では、タレントマネジメントシステムによるマッチングモデルの運用手法までを提案しています。今回のマッチングモデル構築のベースになったのは、適性検査の結果データと人事評価データです。これらのすべてのデータとマッチングのロジックをタレントマネジメントシステムに入れることで、システム上で異動のシミュレーションを行うことが可能になります。

<図6>マッチングロジックに適合する候補者の抽出例

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<図7>異動後の組織体制のシミュレーション例

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データマッチングやシミュレーションの仕組みを導入したとしても、最終的な異動の判断は人が行うという点は当面は変わらないでしょう。しかしながら、判断を助ける材料としては大いに役立つはずです。これまで経験・記憶・勘に頼っていた部分が可視化され、膨大な時間を割いていた異動・配置案の作成工数も大幅に削減できるのですから。私たちがこれから目指していくのは、この最適配置モデルを適用した効果を検証し、マッチングの精度を高めていくことです。本コラムでいずれ効果検証についても紹介していこうと思っています。

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