2度の風土大変革をどう乗り切ったか【戦略人事・曽山哲人ができるまで(第2回)】

公開日 2014/08/27

1998年の創業以来、飛躍的な成長を遂げたサイバーエージェント。同社は、これまでに2度の大きなビジネス変革を行っています。1つはネット広告事業に加え、ブログサービスなどインターネットメディアを扱うアメーバ事業を立ち上げた2004年、もう1つはPC中心の事業体からスマホ中心へ軸足を移した2011年です。その大胆な事業変革は、当然、社内の大幅な風土変革も必要とし、大きな渦と歪みを生みました。第2回は、この大変革を曽山氏がどのように乗り越えたのかについて伺います。

「赤字じゃないですか」新規事業に対する社員の不満

―― ネット広告会社として創業された御社が、売上高260億円規模だった2004年に立ち上げ、その後アメーバ事業に5年間で60億円もの大型投資をされました。どのように風土改革を進められたのですか。

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株式会社サイバーエージェント
取締役 人事本部長 曽山 哲人 氏

曽山氏: 私自身は、アメーバ事業をこれから伸ばしていこうとしているタイミングで人事本部長に就任しました。営業職がメインであった当社で、エンジニア職がけん引するメディア業を伸ばしていくにあたり、社長の藤田自身が風土改革をしたいと言ったのです。私は人事本部長として、いかなる大きな変更の要望が申し渡されてもやりきると心に決め、藤田のイメージする改革にむけて地道に前に進んでいきました。例えば、それまでスーツにネクタイが普通だったところから新しい部署では私服可にしたり、オフィスの場所、椅子の種類まで技術者の要望に応える形で規定や環境を変化させていったのです。藤田の席も、アメーバ事業のオフィスに移しました。

―― これほど大きな風土改革だと、不安や不満を持つ社員も多く現れそうですね。

曽山氏:確かにそういう声もありました。私がもともと広告事業の営業責任者であったこともあってか、アメーバ事業の立ち上げに期待して応援してくれる営業メンバーがいる一方で、不満の声もよく耳に入ってきました。「曽山さん、あれ何なんですか。赤字じゃないですか。僕らが一生懸命つくった利益をどうしようと思っているのですか?」と。実際、当時はまだアメーバ事業は始まったばかりでメディアとしての成長を先行させていたこともあり、収益は伸びていませんでしたから。藤田にも機を見ては営業からの声を伝えると、「教えてくれてありがとう。とにかく今はアメーバに集中しているから、今後も対話を続けてもらえるかな」などと言われていました。あとはもう、なんとかするしかないわけです。

コミュニケーション・エンジンに徹する

―― どのように鎮静化を図ったのですか。

曽山氏:社員に不満を訴えられるたびに、藤田や他の役員の考えをメンバーが理解できるように伝えるよう努力しました。「会社全体でより高収益な会社を作っていきたいから、メディア業に挑戦しているんだよ。これが成功すれば、結果的には会社の将来への投資の原資が大きくなって、新しい事業のチャンスが増えたり、広告事業のみんなも含めて社員の環境や処遇が良くなったりしていく。そういう考えで今のチャレンジをしているので、ぜひ一緒に盛り上げてほしい」と。もし営業のメンバーが藤田に直接質問したら、きっと藤田はそう答えるだろうと想定される回答を自分なりに考え、一人ひとりに伝えました。

不満を抱える社員たちにとって大事なことは、自分たちにとって「明るい未来」になるのかどうか。この「明るい未来」という言葉は私の上司にあたる常務から教えてもらった考え方ですが、とにかく人は明るい未来があれば頑張れる。どんな環境やポジションにいても、明るい未来がずっと見えないままだと不安が大きくなってしまう。だからこそ、どの部署の社員であっても明るい未来が持てるように配慮しています。加えて大事なことは、会社が自分たちのことをきちんと考えてくれていると納得できることです。今まではすぐそばにいて自分たちを見てくれていた社長が、オフィスごと新事業側へ移ってしまったとなると、見放されたのではないかと感じる社員は少なからず出てきます。そうした不安を、他の役員が食事や面談を通じて考え方を伝えたり、人事から藤田の思いを伝えることで一つひとつ解消していく。これこそ、まさにコミュニケーション・エンジンの役目です。営業のAチームに伝え終えても、Bチームへ行けば再び同じ不満がそこにある。だから、ひたすら説明を繰り返し、藤田の思いを彼らの心へつなぎ込んでいく。人というのは、「○○らしいよ」という伝言だと簡単には納得できないのですよね。地道に、本人に「直接」「対面で」伝えていくしかないのです。

"スマホ企業への変革"では、社長自ら「2年間耐えてほしい」と宣言

―― 2011年のスマホ事業への転換では、600人の広告営業部門からスマホ部門へ200人もの社員を異動させました。これも、なかなか過激な変革ですね。

曽山氏:はい。スマホ市場が伸びることはわかっていたので、「2年で100個の新規スマホ事業を立ち上げる」と宣言し、組織も人も意図的に偏らせました。新規事業を比較的多く立ち上げる当社でも、たとえば新会社で言えば1年に10社立ち上がると多いほうですので、2年で100個はケタ違いの挑戦です。広告部門600人から200人、しかも営業のキーマンも含めてスマホ事業へ異動してもらいました。

当然、残ることになる400人は驚きです。もちろん藤田も経営陣も想定していたことでしたので、すべての営業部員の前で自ら方針について、藤田は自分の言葉で説明しました。ただ、そのコメントには驚かされました。「私たちは、これから2年間でスマホの会社へ変貌します。その達成のために、2年で100個の新規事業を立ち上げます。そのためには人員がたくさん必要になるので、これからのこの広告部門の多くの社員にスマホ事業へ異動してもらいます。そして一方、残ってもらうみなさんにはお願いがあります。スマホ企業に変貌していく2年間、耐えてもらいたいのです」。社長自ら、「耐えてほしい」と発言したのは私にも驚きでした。まだ見えない新規事業だからこそ、変に「大丈夫だから安心してほしい」などと発言するのではなく"耐える"と発言したのは、藤田が営業部員に対して強い信頼を寄せているからだとも思いました。

ただもちろん400人の心情を考えると、業務の負荷などの不安にも配慮しなければなりません。結果的には業務の絞り込みなどを広告部門の幹部が判断したことで、結果的に400人が集中して業務ができるようになり、むしろ業績が伸長するきっかけとなりました。結果的にはその好業績を踏まえて2年を待たずに1年後から投資や増員など、広告事業は大いに攻めモードに転換することができました。これはひとえに社員の組織貢献意識のおかげです。

こまめな面談で「配慮」を伝える

―― この期間、人事としてはどのようなフォローを?

曽山氏:異動した社員と残された社員の不安定な心理に対するサポートのため、ひたすら面談をしました。ほぼ毎日です。月に80~100人と面談する人事メンバーもいました。組織が変化するタイミングには不安が出るのは当たり前ですから、とにかく社員の声を拾い、組織課題が見つかれば片っ端から解決していくようにしたのです。

―― 面談でヒアリングするポイントなどはあるのですか。

曽山氏:質問は2つだけです。「最近どう?」ということと、「何か困ってることとか、気になってることはある?」。それで、なんとなく温度感が分かります。先ほどお話した通り、既存の広告部門では2年目には増員のため採用し始めたこともあり、入ったばかりの中途入社社員にも「入ってみてどうですか?」「何か困ったことはないですか?」と、面談でフォローしていました。

とはいっても組織の変更が特に多く、混沌とした状態の部署もあったため、「レポートラインの上司がいない」とか「査定の面談が設定されていない」など、もともと整備する計画を立てていたのに着手できていないところに気づいたり、「気になっていることは?」と尋ねることで、自分のことだけでなく「あの部署の雰囲気がよくないように感じる」など周辺の課題も聞き出せたりしました。

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インテリジェンスHITO総合研究所
主席研究員 須東朋広

―― 組織が変化するときに面談を行うことって大事ですよね。今回のように他の部署へ異動する人と残る人が生じる場合は、特に残されるほうが見放されたと不安に陥りがちですから。

曽山氏:そうですね。面談という行為自体が、『あなたのことを気にしているよ、見ているよ、配慮しているよ』というメッセージにもなります。

―― 結果、アメーバ事業は2009年に黒字化し、そこから2013年までの4年間で約10倍に成長。スマホ事業は2013年に売上900億円と投資から2年で15倍に成長しました。どちらの事業変革においても、風土改革が成功した背景には、常に"コミュニケーション・エンジン"が機能していたのですね。事業貢献にコミットした、まさに戦略人事の好例だと思います。

※次回は、経営から満足を得られるレベルまで、"満額回答"ができるようになった今、"自分の思いや志を実現する"という次のステージへと踏み出した曽山氏の新たなる挑戦についてお伝えします。



soyama_profile-150x150.png■ 曽山哲人(そやま・てつひと)氏
株式会社サイバーエージェント 取締役 人事本部長
1999年、株式会社サイバーエージェント入社。2005年、人事本部設立とともに人事本部長に就任し、2008年から取締役。「採用・育成・活性化・適材適所」など人事全般を手がける。著書に、「クリエイティブ人事~個人を伸ばす、チームを活かす~」(光文社新書)、「最強のNo.2」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。

※内容・肩書等はすべて取材当時のもの。


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