企業変革を実現する人事【前編】

公開日 2016/08/10

今起きている変化と企業人事への影響

これまで人事コンサルティングを続ける中で様々な状況を見てきたが、今ほど大きな変化の中にいると感じたことはない。弊社グループの特性上、多様なクライアントのトップ・経営幹部にお会いするが、各社の状況として共通しているのは、大きな変革が必要であり、その真っ只中にあるということである。

uriage-150x150.jpg例えば、あるサービス業の場合、日本全国に顧客を有しており、長い年月をかけて作り上げてきた信頼関係の下、発展してきたが、既存の営業活動だけでは売上が伸びない状況にある。各地域や全国規模の企業グループとの取引を拡大しなければ、事業拡大はできないのだ。過去においては、ほぼ個人対個人の信頼関係で売上が上がってきていたため、営業は一定の商品知識と顧客リレーションを持っていればよかった。しかし、顧客企業グループの開拓となると、まったく異なる知識・スキルが要求される。当該企業グループにいかにメリットを提供できるか、という付加価値を示さなければいけない。営業改革および当該スキルを有する人材の育成が急務となっている。

また、ある製造業では、現状は安定した収益状況であるが、長期的視点に立った場合にビジネスモデル転換が必要となっている。当社が保有する製品の競争力は高いが、顧客ニーズが変化しており、かつグローバルでのさらなるビジネス拡大が課題。そのため、顧客のビジネス上の課題を見出し、その解決を支援することが求められ始めた。過去の個別製品売りではなく、システム化しソリューションを提供する必要が出てきたのだ。

企業に変革が必要になってきた背景については、改めて申し上げるまでもないが、「グローバル化の進展」「企業競争環境の変化」「顧客ニーズの変化」「ITの進化」などの要因が挙げられる。特に顧客ニーズは大きく変化しており、より特徴のある商品・サービスが適正価格で入手できるか、という観点で厳しい選別がなされている。

これらの変革を実現するにあたり、多くの企業人事は「過去活躍した人材と同様の基準で、採用・評価することは妥当でないのでは?」「変革推進人材が自社でどこまで育成可能か?」「変革のスピードをどう上げるか?」といったことを検討している。

そこで、本稿では2回にわたり、企業変革を実現するための人事の在り方として、次の2つの観点から事例を交えてご紹介させていただく。

  1. 事業側との連携強化
  2. さらに増す部門人事の重要性

事業側との連携強化

まず今回は、「1. 事業側との連携強化」について見ていこう。

先述の事例のような状況の場合、変革を実現するには、人事がより一層踏み込んで事業側と連携しなければならないだろう。なぜなら、変革を人事面から実現するには、自社ビジネスに関する深い理解が必要となるからだ。それがなければ変化する顧客ニーズに対応できる人材育成はできない。一方、よく見聞きする状況であるが、「人材育成は人事がやるもの」といった考えが事業側の幹部にあるようでは、人事と事業が分断した状態になってしまう。つまり、変革にあたり人事が事業側とともに、検討・実行することが重要になるのである。

そのため通常、われわれがクライアントとまず議論させていただくことは以下のとおりである。これらの項目を事業側とどこまで検討されているかで、その後の変革推進力が大きく異なる。


(1) 経営・事業の方向性は? 顧客ニーズの変化は?
(2)自社の強み/収益の源泉は何か?
(3)求める人材は、どのように変化するのか?
(4)変革のために求める人材の質・量は?
(5)不足が予想される人材の質と量は?(職種、ポジション、人員数など)
(6)人材育成/配置の変えるべき点は?
(7)採用の変えるべき点は?
(8)人事上の課題と解決に向けた優先順位
(9)中長期的な目指す姿(3年後、5年後、10年後)   など


一方、企業変革を進める際、トップはどのように考えているのだろうか。多くは、次の2つの点を重視し、熟考している。

1つは、会社の強みが何であるかを徹底的に検討・議論されていること。競争に勝つためには、自社の強みにこだわり、顧客に対して自社の付加価値を提供する必要がある。自社の強みの見極めと社内での共有が非常に重要なのだ。

もう1つは、変えなければいけないことは何か、を明確にすることである。特に収益の柱になっている事業は、大きな変化を起こすことはないが、安定している状態が続くと事業リスクが高まることが認識されている。

そのため、これらの点を踏まえ、まさに上のリストの(1)(2)をスタートとして事業側と議論していくことが必要である。企業によっては、(1)(2)の議論が希薄で(3)から始めようとするケースがあるが、それでは向かう方向が明確にならない。ある会社では、(1)(2)を踏まえた(3)が非常に明確であった。今後の業界動向を考えた場合に、差別化したサービス提供をするためにはどのようなスキルが必要かを明確にし、それを全員に習得させるという徹底ぶりだ。こうした取り組みまでできれば、従業員自身が取り組まなければいけないことが明確に認識されるだろう。

一方、(3)(4)の検討が不足している企業がある。人材不足の中、ビジネス拡大のための人材育成が急務であるにもかかわらず、どのような人材をどれくらい育成すべきか、ということが整理されていないケースも見受けられる。どのような人材をどれだけ育成すべきか、ということを事業側・人事側で共有し、人材育成の責任が事業側にあり、その育成サポートは人事がする、という体制を築く必要がある。

以下は、実際に事業側との連携を強化し、成功した企業の事例である。取り組みのポイントをまとめるので、ご参考になれば幸いである。


事業側との連携強化の事例(サービス業)

【背景と課題】
国内トップクラスの会社であり安定的に事業を拡大していたが、近年、競争激化で過去のような成長が難しくなってきていた。当社が持っていた他社との差別化ポイントは、営業が顧客に寄り添う営業(様々な要求に対してスピード感をもって対応する営業)を愚直に実施しており、その顧客接点の強さである。
しかし、顧客の海外展開が加速度的に進み、顧客ニーズに変化が見られるようになってきた。他社との取扱商品が類似する中で、従来の営業では差別化はもちろん継続的な関係維持も難しくなることが予想され、営業改革が必要となった。
なお、会社の風土としては各部門縦割りの色合いが強く、全社戦略を一体感をもって実施することが難しい状況であった。

【アプローチ】
中期経営計画は各部門の積み上げで作成されていたため、その内容をさらにブラッシュアップし、改革を実現する人材活用へと落とし込むことが必要と思われた。そこで、経営企画と人事でタッグを組み、経営戦略から人事方針策定までを共同で進めた。また、実効性を高めるためには経営陣のコミットメントが不可欠であることから、役員中心にプロジェクト化し、推進した(役員合宿を複数回実施)。


特に当プロジェクトで特徴的であったのは、次の3点である。

1. 自社の強みの再確認および顧客への付加価値の再設定

自社の強みは強固な顧客接点であったが、他社も同様の営業形態を追随してきている。また、過去は国内での強固な関係性が海外事業拡大にもつながっていたが、顧客の海外事業拡大により、海外の現地法人側で強力な営業活動ができないとなかなか受注につながらない。

そこで、顧客接点の強みは維持しつつも、蓄積した商品情報や顧客課題解決に向けた情報を顧客へ提供することが差別化の要因になると考え、海外現地法人へより積極的な人材の派遣、および情報提供の機能強化(組織再構築)を行うこととなった。

2. 中期経営計画を達成する人材の質・量の設定

中期経営計画策定時に、既に目標売上や人員計画は完成していたが、戦略再設定後に目標数値の内容を再検討した。目標売上(国内・海外)とその目標を達成するにはどのような人材をどの機能・どの地域に配置すべきか、といった人材の質と量について再検討した。従来は人員計画も部門ごとの積み上げであったため、横串組織や海外への人材配置が難航していたが、今後に向け、戦略的な人員配置を進める検討が進んだ。

3. 人材育成に関するコンセンサス

人材育成を目的とする人員配置も大きなテーマであった。当初は、自部門内に優秀な人材を囲い込む傾向が強く、将来会社を担う人材を海外事業や横串機能に配置する意識が薄かった。しかし、改革の議論を経て、人材が会社の財産であり計画的に育成していく必要があるとの共通認識を持つことができ、役員がコミットするに至った。特に、ローテーションについては、人材委員会で議論し、従業員一人ひとりの育成・成長プロセスをモニタリングすることになった。

この事例からいえることは、企業の変革期においては、人材マネジメントを過去の延長戦上で考えるのではなく、経営陣・事業側と人事が一体化し、戦略の再設定から議論して、人員計画や人員配置・育成等へ展開することが重要だということだ。特に、事業成長の大きな要因が人材であるという認識の下、経営陣が全社共通の財産である人材の育成・輩出にコミットしたことが、経営計画、人材マネジメントの実効性を高めたといえよう。

次回は、企業変革を実現するための人事の在り方として、もう2つ目に挙げた「さらに増す部門人事の重要性」についてご紹介する。

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