「戦略人事」となるために(2)

「戦略人事」となるために

人事部門が経営の戦略パートナーになりにくい理由

前回は、現代の人事に求められていること、「戦略人事」とは何か、そして「戦略人事」になることがなかなか難しい現状について述べた。では特に「戦略人事」が日本企業になかなか浸透しない理由は何か。長年の企業人事経験を通して見えてきた原因は次のようなものである。

1.ローテーション人事による、人事担当者の恒常的な力不足

いまだ年次運用の色合いが強い日本企業(特に非製造業)においては、人事部は優秀者が通るゼネラリスト(経営幹部候補)育成機関であり、ローテーション部門の1つにすぎないことが多い。人事は企業の人材マネジメントの表も裏も見ることができ、他の従業員の評価や運用に従事する部門であることから、多くの企業では、会社として今後も「ハイ・フライヤー」として育成していくという暗黙の条件と引き換えに、会社に対する高いロイヤリティを求めることができる従業員を人事部へ抜擢している。だが、抜擢された彼らは人事業務を経験はするものの、そこは彼らのキャリアゴールではなく、経営職階への「通過点」に過ぎない。その結果、人事部内に人事業務を極めようとする人材がおらず、人事は営業や企画、商品開発やマーケティングに劣後するポジションとして扱われてしまう。そのため、事業戦略を人事戦略に翻訳し、人事の施策にまで落とし込める人材が育たず、「ルーティン人事」、「インフラ人事」に没頭することになってしまうのである。

最近、米国ミシガン大学ロス・ビジネススクール教授のデイブ・ウルリッチ氏による「人事コンピテンシー」の最新2016年版が発表された。そこではコンピテンシーの追加や従来から存在する項目の再定義が複数あり、中でも新しく追加された「Paradox Navigator」と、以前のバージョンの「Technology proponents」を進化・分岐させたものと思われる「Analytics Designer and Interpreter」が大きく目を引く。詳細の説明はここでは避けるが、いずれにしてもローテーション人事で優秀者に一時的に人事を経験させる程度のことでは、今後期待されるこれらの人事の能力は身につかないのは明らかである。

ウルリッチ博士の人事コンピテンシー 2016年バージョン

人事コンピテンシー_400.png

2012年からの大きな変更点
「Paradox Navigator」を新たに追加。また、「Analytics Designer and Interpreter」は
前バージョンの「Technology proponents」を進化・再定義させたものと思われる


※Human Resource Competency Studyの「HRCS Model: Round 7」を参考に作成

2.年功序列人事運用の弊害

前出のデイブ・ウルリッチ氏や経営コンサルタントのラム・チャラン氏など、海外の「人事の大家」が提唱する理論通りにはいかない日本企業の特有の問題の一つに「長年の年功的人事運用の中で築かれた、CEOなど経営者層と人事担当者との固定的な上下関係」がある。

その一例として、過去に私が在籍していた日本企業で次のような出来事があった。私は人事に配属された生え抜き社員の部下と、彼の担当部門の課題についてまとめていた。レポートが完成し、いざ彼に「本部長と議論してきなさい」と伝えたところ、「本部長は入社年次が自分よりずっと上で、自分は直属の部下になったこともあり、自分の口からこんなことはとても言えない。言ったところで『お前も偉くなったなぁ』と嫌味を言われるのがオチだ」と尻込みしてしまった。これが多くの日本企業の現実であろう。経営や部門が、人事を「戦略パートナー」として尊重してくれなければ話にならない。つい先日まで人事部にいた私としては、このように経営からは高い要求をされる一方、経営パートナーとして認められないような人事部に同情を禁じ得ない。
なお、年功運用の弊害のもう一つに、導入できる人事ソリューションの選択肢の幅が狭い(年次を大きく超えた抜擢や外部からのプロ採用をしにくい、報酬は横並び、など)ということも指摘しておきたい。

3.人事部自身のマインドセット

日本企業においては、前述したように人事(特に上位ポジション)が将来の経営人財育成のためのローテーションポジションであることが多いので、(1)先輩である経営階層や近い将来、自分が「出ていく」可能性のある部門に対して強いことは言いづらいし、(2)人事部在籍期間が限られるので、その期間で見える成果を出そうとするがあまり、手っ取り早くインフラ人事での成果(クイックヒット)を求めてしまう。

一方、外資系人事においては、部門別採用・職務主義に基づき、若い頃から人事業務のみを経験してきた人が多く、自分が働いている会社のコア業務を知らない、知る必要性に気付いていない人が多いように思う。それゆえ、その時の事業戦略上、優先順位の低い人事施策や身の丈に合わない高コストの提案をしてしまうことも多い。

言うまでもないことだが、企業において「人件費」は最大のコスト項目であり、あらゆる企業パフォーマンスに大きな影響を与える。人事が「目の前に顕在化している課題だけ解決すればいい」「お金がかかっても正しいことをすればいい」「人事的に正しければ、事業戦略との整合性など気にしない」などと「部分最適」を目指し、「効果はすぐには出ない」と人事の施策効果を、KPIをもってトラックしたり、その結果を数値で経営に明らかにしたりする意識が弱くては、経営から「人事のしていることの効果がわからない」と言われても仕方がなく、経営の戦略パートナーとしての信頼を得るのも難しいだろう。

どのように「戦略人事」を実現するか

では、どうやって「戦略人事」を実現するのか。私が考えるポイントは以下である。

1.事業戦略に根差した人事としての長期的視野をもつ
常に事業を深く理解し、人事の論理ではなく、事業の論理で人事施策を考えることが肝要だ。また「プロダクトアウト」から「マーケットイン」へ発想を切り替える。つまり人事的に正しいと思っても、組織・事業が求めていないものは無駄だ、と考えることが必要である。(もちろんビジネスがいまだ気づいていないもので、人事がビジネスのWantsだと信じるものは、チャレンジしなくてはならないが)

2.自らの戦略的ポジショニングを知ると同時に、横並び意識・前例主義から脱却する
競争優位は横並び施策では生まれない。ただ、突飛な施策をすれば競争優位が生まれるというわけでもない。競争優位性を確立するためにまず自らのポジションを正しく知ることが必要で、そのうえで、業界・競合の半歩先、一歩先を走る施策を立案・実行することが大事なのである

3.エビデンスベースの人事マネジメントにこだわる
人事施策にKPIを設定し、施策の成否を財務係数の変化の中で説明する、などの癖をつける。そのためには、普段から経営係数を読む力、財務分析力を養うことも大事だろう。また、顕著な変化がすぐに見えるわけではない人事施策を説明するには、意識して科学的類推力やロジカルシンキング能力を磨くことも必要である。(MECE、ロジックツリーなどのツールだけではなく、フェルミ推定などの訓練も)

コンサルティングの活用

上記のように、いくら人事の担当者が自らを研鑽し、意識を変え、戦略人事たらんとしても、現在も年功主義で運用されている多くの日本企業人事においては、すでに書いたようにその限界があるのも事実だ。そこに、コンサルティング活用のメリットがある。

コンサルティングの存在意義としては、以下の6点が期待できるだろう。
1. 効果を担保するため提案時は当然、事業戦略、企業文化、ミッション・ビジョンなどとの整合性を検証するので、必然的に「戦略人事的」な提案ができる
2. 少なくとも企業人事より数多くの実例(業界も規模も企業の状況も)を見てきたコンサルタントの経験の中から、成功したノウハウを活用できる
3. 社内の人材不足、経験不足を補うことができ、外部専門家の意見として経営の同意や支援を得やすい
4. 外部のリソースを使うことでスケジュール管理がしやすい
5. コンサルタントと協働する中で分析手法や数値の読み方等を習得することが、自身の戦略人事化に役立つ
6. 上記により最終的には人事自身が経営から戦略パートナーとしての信頼を得られる

以上、「戦略人事」について2回にわたり展開させていただいた。次回以降は、弊社のコンサルタントが、「採用」「育成」「組織力強化」「人事制度設計」「グループ人事戦略企画」「タレントマネジメントシステム」「アセスメント」など、それぞれの専門分野について実例を交えながらコラムを連載していく。ご興味のあるテーマだけでも、ぜひお読みいただけたらと思う。

執筆者紹介

櫻井 功

パーソル総合研究所
エグゼクティブ フェロー

櫻井 功

Isao Sakurai

日本の大手都市銀行において営業・人事・海外部門合わせ17年間勤務したのち、ゼネラルエレクトリック、シスコシステムズ、HSBC、すかいらーくの人事リーダーポジションを歴任。経営のパートナーとして、戦略的人事サポートを提供してきた。
2016年5月からはパーソル総合研究所の副社長兼シンクタンク本部長として人と組織に関する調査研究や発信を担当。その後、工機ホールディングス株式会社の常務執行役 Chief Human Resources Officerを経て、現在は株式会社ADK ホールディングスの執行役員 グループ CHROを務める傍ら、パーソル総合研究所のエグゼクティブ フェロー、また立教大学大学院 客員教授としても活動中。


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